「自己肯定感を高めるために〇〇をしよう」という触れ込みは、いろんな場所で目にする言葉です。「自分の生きづらさは自己肯定感が低いからに違いない」と思い、高める方法を調べている方も少なくないのではないでしょうか。
この記事では、自己肯定感とはそもそも何か、自己肯定感を高めることが大切なのか、そして本当に高めることが必要な感覚について臨床心理士が解説いたします。
自己肯定感:ありのままの自分を受け入れる感覚

自己肯定感には、実は明確な定義はありません。
自尊心と呼ぶ人もいますが、「ありのままの自分を肯定する、好意的に受け止めることができる」感覚を指します。他人と比較するのではなく、自分が自分であって大丈夫と感じることができ、そのままの自分を認め、尊重し、自分の価値を感じることができる心の状態であることが、一般的には「自己肯定感が高い」と言われています。
また、自分の心の状態だけでなく、人間関係や仕事の自己実現においても自己肯定感が土台となるとも言われています。
自己肯定感の始まり
現在ではすっかり多くの人が知っている自己肯定感という言葉ですが、もともとは1965年にアメリカの学者が「self-esteem」という言葉を提唱してから世の中に広まりました。日本で使われ始めたのは比較的最近です。1994年、心理学者の高垣忠一郎さんが出版した書籍にて用いたのが最初だと言われています。
同書籍内では、没個性化(自分を個別的な存在として捉えていないこと)が生じていた子どもの状態を説明する用語として使われました。そこから、現在のような解釈まで広がったのです。
さて、自己肯定感という言葉がここまで広がると、人間関係や仕事などで成功していくには自己肯定感を高くしなければいけないようにも感じます。しかし、本当に自己肯定感は高い方がいいのでしょうか?
実は、アメリカで興味深い研究が行われていたのです。
自己肯定感を高めたことによる思わぬ影響

一足先に「self-esteem」のブームが来ていたアメリカでは、1990年になるとすでに個人的な興味ではなく、教育プログラムに取り入れようというムーブメントが起きます。そして、さまざまな専門家の意見を参考に自己肯定感を高める教育プログラムが作られました。
その教育プログラムの要素には「自分を好きであること、自分は大切であるという感覚」などが含まれていました。当時の専門家たちは、すべての心理的な問題は自己肯定感が低いから生じると考えていて、自己肯定感さえ高めれば全てが解決すると考えていたのです。
では、自己肯定感を高める教育を受けた子供たちはどうなったのでしょう。
自己肯定感を高める教育プログラムの結果
その教育を受けた子供たちは、たしかに自己肯定感が高くなりました。しかし、学校での成績や良好な対人関係を気づくための要因にはならず、実際にはその逆の方向へいくという研究結果が発表されたのです。
教育を受けた子どもたちは、高い自己肯定感を持って、自分が魅力的な人間で好きだと思っているときは、良い対人関係を気づけると思われていたのですが、実際はそうではありませんでした。
研究のレビューによると、高い自己肯定感を持つ子どもたちは盗みや性的な問題、いじめをすることが多くみられました。また、そのような好意に対して罪悪感も抱きにくかったというのです。
賢いイメージのために努力しなくなる子供たち

また別の研究では、自己肯定感を高める教育は自己肯定感を高めるのには効果的であっても、最終的には何かをするためのリスクや努力への意欲を失わせてしまうことが判明しました。
子どもたちの高い自己肯定感は、固定されたセルフイメージと結びついており、結果的に「頭がいい」というイメージを維持したいという願望につながることで、何かを成し遂げるために必要な努力をすることができなくなっていたというのです。
頭が良いと褒められた子どもたちは、努力しなければならないことは“頭が良くないこと”を意味することになり、努力しなければならないことは自己肯定感を傷つけてしまうと考えるようになっていたのです。
自己肯定感と自己有能感は必ずしもリンクしない
また複数の研究をレビューしたものでは、高校生の自己肯定感が1975年から2006年の間に上昇している一方、彼らの自己有能感(自分を他人と比べずに肯定でき、褒めることができ、励ますことができる心の働き)は上昇しなかったと結論づけたのです。
このように「自己肯定感を高める」ことが思わぬ違った影響を与えてしまうことがわかってしまうと、「じゃあ、私はより生きやすい人生を手に入れることはできないんだ」と落ち込んでしまうかもしれません。ですが、安心してください。生きやすい人生を手に入れるために、高めたほうがよい感覚が他にあります。
自己肯定感の代わりに高めたい2つの感覚

では、自己肯定感の代わりに高めたい2つの感覚をご紹介します。
セルフコントロール感・セルフコントロール力
セルフコントロールとは、誘惑に晒されて、望ましくない衝動、抑えなくてはいけない感情・思考や行動が起こってしまいそうになる場面で、自分自身の反応をより良い方向に変えていくことです。
目標達成のためにコツコツと行動を継続するための(目標と逆行した行動をとらないための)心のはたらきとも言われています。
具体例
例えばとても身近な例だと「痩せたい」という願望があって「痩せる」目標ができたときに、どんなセルフコントロールが必要でしょうか。通りかかったケーキ屋さんでケーキを買いたかったけどグッと我慢をした日があったら、セルフコントロールの成功です。自己肯定感を高めたいと考える方は、まず小さなセルフコントロールを毎日の生活で挑戦することをおすすめします。
セルフ・コンパッション

セルフ・コンパッションとは近年、注目されている概念です。アメリカ・テキサス大学教育心理学部のクリスティン・ネフ准教授により提唱されました。
セルフ=自分自身、コンパッション=思いやり・慈悲、を組み合わせた言葉で、直訳すると「自分への思いやり」を意味し、「自分の愛する人を思いやるように、自分自身を思いやること」と説明されています。
セルフ・コンパッションは次の3つの要素から構成されているといわれています。
セルフコンパッションの要素①:自分へのやさしさ
責任感が強い人や自制心のある人は、自分に厳しく接することで良い結果を目指しますが、セルフ・コンパッションにおいては逆とされています。他人にやさしく接するように、自分自身にも思いやりを発揮することが大切なのです。
セルフコンパッションの要素②:「生かされている」という感覚
自分の行動はすべて自分の意思の結果であるという考え方ではなく、自分は周囲の人間関係の中に生きていて、どうしてもコントロールできないこともある、と理解することがとても大切です。このように「生かされている」感覚を持つことで、「誰もが時には失敗する」ことが受け入れられ、他人にもやさしく接することができるようになります。
セルフコンパッションの要素③:マインドフルネス
現状にイライラしたり、不安な気持ちに捉われながら行動したりするのではなく、まず今の自分の感情や思考に気づく、マインドフルな状態を身につけることが必要です。そしてマインドフルネスを通して気づいた今の思考がネガティブなものだったとしても評価したり歪曲しようとしたりせず、ただ気づいて受け入れる、そうすることがセルフ・コンパッションの鍵となります。
マインドフルネスのやり方は下の記事に詳しく載っていますので参考にしてください。

セルフコンパッションから期待できる効果
セルフ・コンパッションを身につけることにより、他者からの評価に左右されず、前向きな気持ちを持ち続けられる感覚を感じることができるようになります。
例えば、仕事でミスをして誰かからネガティブな評価をされたとき、自己肯定感が低い人は自分の存在そのものを否定し、責めてしまうことがあると思います。しかし、セルフ・コンパッションを持っていると、自分の今の状態や自己否定の感覚をも受け入れ、現状の改善に向けた行動に移ることができるのです。
自己肯定感が低い原因・高める方法:まとめ

自己肯定感という感覚に必要以上に囚われることなく、より生きやすい人生を手に入れるためのスキルを身に付けるということも選択肢にいれてみてはいかがでしょうか。
なお、この記事を執筆するにあたり以下の文献を参考にさせていただきました。
尾崎由佳・後藤崇志・小林麻衣・沓澤岳 (2016)セルフコントロール尺度短縮版の邦訳および信頼性・妥当性の検討 心理学研究 87(2), 144-154.
Towerd A State Of Esteem : The Final Report of the Calfornia Tsk Force of Promote Self-esteem and Personal and Social Resoinsibility
https://files.eric.ed.gov/fulltext/ED321170.pdf
Roy F. Baumeister, Jennifer D. Campbell, Joachim I. Krueger, Kathleen D.(2003).Does High Self-Esteem Cause Better Performance, Interpersonal Success, Happiness, or Healthier Lifestyles?
Psychological Science in the Public Interest.
https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1111/1529-1006.01431